(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

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#92 「徒手療法」は万能か?

2018/01/11

徒手療法は様々ある

「徒手療法」と一言で言っても、様々な学派?がありますが、今回の記事では便宜的にひとまとめとして話を進めさせて頂きます。

理学療法士の中でも、徒手療法に対する考え方やイメージはそれぞれ違うと思います。先に私見を述べれば、適応で適切に用いることが出来ればすれば良い、といったところです。

徒手療法に拘る?

私自身は、いくつかの徒手療法を学んでいますし、徒手療法の技術があればもっと質の高い臨床が出来ることもあるとは思います。

しかしながら、徒手療法がメインになることは殆どないとも考えています。もちろんケースバイケースではありますが。

徒手療法ありきではない

徒手療法を真剣に学ぶこと自体は何も問題ないと思いますが、それが拘りとなって徒手療法ありきの臨床になるとすれば、果たしてそれがよりベターな選択肢なのか疑問があります。

これは、もちろん徒手療法に限った話ではなく、他のアプローチ、レジスタンストレーニングなども同じことが言えると思います。

こういったことに陥る原因は様々あると思いますが、そのひとつに真剣に学ぶことで、同じ徒手療法でも質が全く異なることに気づくこと、その質の違いが対象者の反応の違いと感じるからかも知れません。

技術の未熟だから上手くいかない?

つまり、「上手くいかないのは、技術が未熟だからだ」という思考になっていくのはどうかということです。確かにそういうこともあると思いますが、徒手療法というひとつの選択肢の中で、その質が臨床の質を反映すると考えるのは無理があると思います。

「いやいや、徒手療法と言っても様々あるから適応も幅広いんやで」という意見もあるでしょうし、そういう側面は確かにあると思います。

しかし、例えば脳卒中における運動機能障害を徒手療法のみで改善出来るかと言えば、所詮私の知る限りではありますが、出来ないと考えています。

徒手療法専門の理学療法士?

徒手療法だけをする?

徒手療法を専門にしているという表現は、便宜的な表現だと思います。理学療法士であれば、少なくとも養成校で基礎医学などの学問を学んでいるわけですし、徒手療法を学ぶ過程においても、関連する学問を学ぶと思います。

ですから、徒手療法を用いる理学療法士は、形骸化した徒手療法で何でも解決しようとしている、というわけではないはずです。

しかし、今まで書いてきたように、「徒手療法に拘る」ことで、上手くいかないケースを技術の問題と捉えたり、徒手療法の枠の中で考えて、選択する技術が違ったという思考になるのは、どうなのかなという話です。

徒手療法だけで解決出来ることは少ない

本当に実態として徒手療法を専門にするということは、それが適応であるケースのみを対象にするということになります。個人的には理学療法士にとって、運動制御や運動学習という観点は必須だと考えていますが、徒手療法のみで運動に対して改善や上達が図れるかは疑問です。

「いやいや、徒手療法だけで解決しようとはしていない」という意見の人は、今回の記事の内容に当てはまっていませんので、悪しからずご了承頂ければ幸いです。

反応を改善と謳うのは違う

下行性疼痛抑制系

「ちょっと触っただけで柔らかくなった」「触られたら痛みが消えた」という話は、徒手療法にまつわる話としてよく見聞きします。

セミナーなどでも、立位体前屈の変化などをデモで見せることがありますが、少なくとも健常者が対象であれば、徒手療法を用いずとも、変化させる方法はたくさんあるはずです。

「痛みが消えた」と言っても、それが一時的なものであれば下行性疼痛抑制系(※備考参照)による反応が恐らくメインでしょうし、それを「痛みが改善した」と言うのは適切ではないと思います。

【備考】

下行性疼痛抑制系(descending pain inhibitory system)とは、脳幹から下行する抑制性ニューロンによって、脊髄後角での一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロン(脊髄後角ニューロン)間のシナプス伝達を抑制し、痛みの情報伝達をブロックする疼痛抑制機構である。この系にはノルアドレナリンを伝達物質とするノルアドレナリン系とセロトニンを伝達物質とするセロトニン系がある。

松原貴子, 沖田実, 森岡周:ペインリハビリテーション, p38, 三輪書店, 2011.

一時的な反応は治療効果?

一時的な反応を引き出すこと自体を無意味であるとは考えていませんが、それがあたかも改善した、治療効果だと謳うのは違うと思いますし、それに煽られて盲目的になる参加者の臨床が良くなるのかは疑問です。

徒手療法にしてもファシリテーションテクニックにしても、即時効果はインパクトが強いので、患者さんも驚かれることがありますし、その驚きを活かすことも出来るわけですが、それが学習に繋がらないのであれば、ただマジックが上手な人です。

驚きを追求すると報酬予測誤差を考慮する必要がありますから、毎回違うネタを提供する必要がありますし、それだとマジックショーです。

保険診療でマジックショーを提供するのは流石にどうかというところですから、小手先のテクニックを集めるよりも、もっと抽象度の高い原理や原則、基礎医学といった科学的知見を学び続ける必要があると思います。

他の可能性に無知であるが故に?

このように意識的に行われた選択は、複数の可能性の中から判断して決定したものであると言えるのだが、他の可能性に無知であるために、ある方法を採用せざるを得ない場合は、それはこうした「選択」の結果であるとは言えない。

カルロ・ペルフェッティ:認知神経リハビリテーション入門(小池美納, 訳), p5, 協同医書出版社, 2016.

徒手療法に限らずですが、何かしらの手段に傾倒することによって、このようなことは起こるかも知れません。もちろん徒手療法を学び活用すること自体の話ではなく、盲目的になるというケースの話です。

まとめ

今回は徒手療法を題材にして進めてきましたが、徒手療法に他の手段を代入しても同じようなことが言えると思います。自身の興味のある分野を真剣に学ぶことはポジティブなことだと思いますが、それが知らぬ間に視野を狭め、可能性を狭めることがないように、気をつけたいと思います。

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