(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

神経科学 運動学習 指導関連 考え方

#11 「肩甲骨を寄せて」ラットプルダウンを行う?

2018/01/12

動作を指導する専門家

基本動作、レジスタンストレーニング、スポーツ動作など、様々な動作を指導する専門家がいます。動作を修正する、より良い動作(実用性の高い、より高いパフォーマンスを発揮する)に導く上で、色々なアプローチがあります。

結果的により良い動作が習得出来れば、どのようなアプローチでも構わないと言えばそうかも知れません。その習得には程度に差はあれど、時間を要すると思います。

その時は出来ても、それが定着する、自動化が進む、よりレベルを上げていくということを考えれば、長期的な視点が必要です。

ラットプルダウンの指導を例に

「肩甲骨を寄せて下さい」

ここでは、短期的な視点で考えてみます。例えば、ラットプルダウンを指導する際に、「肩甲骨を寄せて」という指導を見かけることがあります。

目的によりますし、(そのケースにおいて)より良い動作に導けるならば、「肩甲骨を寄せて」が適切ということになります。ただ、「肩甲骨を寄せる」という表現が、対象者にとって理解出来ないかも知れません。

肩甲骨はどこにあるの?

そもそも、自分自身の肩甲骨の位置を知覚出来る人は少ないと思いますし、そうだとすれば動く感覚はわかりにくいかも知れません。だとすれば「肩甲骨を寄せて」という表現は、指導者側の視点で使っているケースもあると思います。

肩甲骨を寄せるとは?

そして、「肩甲骨を寄せて」というのは、大まかな動きとしてですが、例えば、肩甲骨の内転が強調されるのか、下方回旋が強調されるのかなど、ケースによって違ってくると思います。

指導者自身が導きたい動きのイメージがなく、何となく使っていることもあるのかどうかはわかりませんが。たまに、シーテッドロウイングのようなフォームでラットプルダウンを行っている場面を見かけます。もちろん目的に合っていれば適切なフォームです。

肩甲骨の位置や動きを知覚していない人に対しては、「肩甲骨云々」という言葉は、適切ではないかも知れません。触覚刺激などを用いるのであれば、また違ってくると思います。

その他の表現

導こうとする動きの見た目をそのまま表現する他の表現としては、「肘を曲げて下さい」「肘を降ろして下さい」「腋をしめて下さい」といった表現も考えられます。

「肘を曲げて下さい」だと、肘関節の屈筋に注意が向きやすいかも知れませんし、「肘を降ろして下さい」「腋をしめて下さい」だと、肩関節の内転筋に注意が向きやすいかも知れません。

また、「肩がすくまないように、首を長くしてバーを降ろして下さい」という表現によって、肩甲骨の下制が促され、広背筋と大胸筋の協働的な収縮が得られるかも知れません。

言葉の選択と動作の誘導

結果的にそうなるという視点

バーを把持しているのでれば、肩関節が内転すれば結果的に肘は曲がるとも言えます。「結果的にそうなるように考える」ことと、「そうなるように直接的に導く」ことは、アプローチも全く変わってくると思います。

何を狙って言葉を選ぶのか、その言葉を選ぶことでどういうことが起こりやすいのか、そういったことは常に考える必要があると思います。

内的注意と外的注意

「バーを○○に向かって降ろして下さい」という表現だと、注意は自身の身体ではなく、身体の外へ注意が向くことになります(注意の分配を考えると、いずれにしても100%ということにはならないと思いますが)。

内的注意は運動学習を阻害する可能性があると言われることもありますが、実際は目的とケースに合わせて使い分ける必要があると思います。

オノマトペの活用

具体的な表現、抽象的な表現がありますし、オノマトペ(擬音語・擬態語)を利用することもあると思います。例えば、「グッと力を入れて」「肩甲骨をギュッと寄せて」といった言語です。

それについては、長嶋終身名誉監督の指導が話題になることがあります。面白おかしく取り上げていることもありましたが、実際にはポジティブなケースもあったのではと考えています。

言葉の選択に配慮する

動きを言語化すれば出来るわけではない

今まで書いたことは、あくまで一例に過ぎませんし、実際は組み合わせることも多いと思います。導きたい動きをそのまま言語化して上手くいくのであれば、動きの指導は誰でも出来ますが、実際にはそういうわけにはいきません。

指導者と対象者のイメージの差異

指導者のイメージと対象者の主観

指導者のイメージ通りに導いたつもりでも、対象者にとっては違和感が強くなるケースもあると思います。その違和感は、習慣化された動きを変化させたことによる違和感かも知れませんし、どこか身体に痛みを生じるといったことを指すのかも知れません。そのように考えると、指導者のイメージする「見た目」を近づけようとすると、時に大きな失敗に繋がる可能性があります。

また、指導者のイメージする見た目と、実際の見た目の差異をもって、「違う」「そうじゃない」と、審判のような指導に陥っているケースもあるように思います。

違うのなら導いて欲しいという話だと思いますが、「それは本人の努力次第だ」と切り捨てるのであれば、指導者の存在価値が問われることになると思います。

例えば、「肩」とはどこを指すのか?

例えば「肩」という言葉も、「肩と言えば三角筋だ」と思っている人もいれば、「私、肩こりがひどくて」というある人は、肩は三角筋じゃないかも知れません。

まとめ

このように考えていくと、相手とコミュニケーションを図ることは必須だと言えますし、「聞かなくても分かる」というのは、妄想かも知れません。こういったことを考えていくのは、難しいですけど個人的には面白いと思います。

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