(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

指導関連 考え方

#94 患者さんが自主トレをしないのはセラピストの問題?

はじめに

保険診療で行う場合、理学療法に限らずですが時間は限られています。特に急性期病棟であれば患者さん一人あたり1単位ということもよくあると思います。

患者さんの状態、医学的管理の優先度など、実際にはケースバイケースですし、長ければ良いという話ではありません。しかし、「もっと時間があれば…」というケースもあると思います。

患者さんがある程度動ける状態であれば、患者さん自身が行ういわゆる自主トレを提案することも考えられます。自主トレとは言っても、様々あると思いますし、看護師など他職種と連携を図りながら、離床を進めるといったこともあります。

今回の記事では便宜上、認知機能は特に問題なく、ひとりで取り組むことの出来る自主トレについて話を進めていきたいと思います。

患者さんの問題にすれば思考停止になる

例えば、膝関節に可動域制限のある患者さんに対して、ひとりで取り組むことが出来るROMエクササイズを提案するとします。特別な準備は必要なく、その患者さんにとって難しくないエクササイズです。

しかし、理学療法の時間に確認してみると、そのエクササイズは行っていないと仰るとします。適切なエクササイズを提案しており、行っていれば改善する可能性が高いにも関わらず、行っていないわけです。

理由は色々考えられると思います。「やる気がない」「依存性が高い」といったように、患者さんにその原因を求めることもあるかも知れません。しかし、臨床では「だから仕方ない」としていれば、最初からやる気に満ち溢れていて、自ら実践するなど、自主性の高い患者さんしか自主トレをしないことになります。

自主トレをしないことで「やる気がない」「依存性が高い」と判断するのは雑だと思います。何故、自主トレをしないのかを考える必要がありますし、そもそも本当に自主トレが必要なのかも考える必要があると思います。

自主トレをしない理由を考えてみる

膝関節の関節可動域を例に考えると、例えば屈曲角度が90°から更に屈曲することに対して、患者さんが価値を見出していなければ、わざわざ時間を割いてやらないかも知れません。

理学療法士からすれば、具体的な動作を想定したり、今後の身体機能とADLやQOLを考えると、90°とそれ以上の可動域があるのかでは、大きな違いと考えるかも知れませんが、患者さんにとってはそんなに大きな問題ではないかも知れません。

だから、90°のままで良いという話ではなく、改善することによって患者さんにとって価値のあることに繋がると理学療法士が判断しているのであれば、それをわかりやすく具体的に示し患者さんが納得する必要があります。

つまり、「患者さん自身にとってどういう意味があるのか」という部分を確認しておかないと、理学療法士の脳内だけで完結した提案になりかねないと思います。

別の理由を考えてみます。例えば、理学療法の時間で何ら変化を実感してなかったり、担当療法士を信用していなければ、提案された自主トレを行おうという気にならないかも知れません。

もちろん、毎回患者さんが変化を実感することは難しいこともあると思いますし、担当療法士を信用するのは少し時間がかかることもあるかも知れませんが、「やる価値がある」「やってみよう」という気持ちにならないと、自主トレに取り組まなくても仕方ないと思います。ですから、自主トレの提案にはタイミングもあると思います。

他の理由としては、「難しい」「しんどい」といったことも考えられます。難しいものを自主トレとして提案するのは適切ではないことも多いと思います。テクニックに問題があることで、二次障害を来すことは避けたいところです。

しんどいというのは、ある程度の量や強度が必要なものも当然ありますが、適切な設定とそれを行うだけの動機が必要になると思います。

何を自主トレとして行うか

自主トレと言っても、いわゆる筋トレもあれば、ROMエクササイズ、基本動作練習やその要素を分解した練習など、様々あると思います。

先ほどの例は膝関節の屈曲制限でしたが、膝関節屈曲制限に対するROMエクササイズを提案もあれば、例えば膝関節が屈曲する機会を確保するために、日中の過ごし方に対する提案もあると思います。

もちろん、どちらが大事とか、二者択一という話ではありません。どちらも取り組めば良いということもあるはすです。

入院中の生活で日中はほとんどベッド上で臥位で過ごすよりも、端坐位や車椅子で過ごす時間を確保する方が、膝関節が屈曲位になる機会が増えます。

しかし、坐位といっても足底が床やフットレストに接地せず、リラックス出来ていない状態であれば(必ずしもそうなるわけではありません)、目的に対して妥当な方法ではないかも知れません。

ですから、患者さんへの提案として、坐位で何をするのかも併せて坐位時間を確保することの他に、坐位姿勢や座面の高さの設定などもセットで考える必要があります。

こういったものも自主トレと考えてもいいと思います。そもそも、「自主トレ」という言葉自体は重要ではなく、理学療法以外の時間に患者さんが取り組んでおくことで、患者さんにとって良いことに繋がることを提案する、それも「自主トレ」と言えると思います。

繰り返しますが、自主トレとか名前は重要ではなくて、何のために何をどうするかという話だと考えています。

リハビリ以外の時間の過ごし方

そのように考えると、患者さんの生活を確認する必要があります。入院患者さんであればベッド周りの環境によって、姿勢や身体活動が違ってきます。

テレビをよく観る患者さんであれば、テレビを観る姿勢を確認する必要があるかも知れません。車椅子でテレビを正面から観るのと、臥位でテレビのある側を向いて観るのでは、大きな違いがあります。

テレビを観ている時間だけで判断出来るわけではありませんが、仮に患者さんの左右非対称性を改善したい場合、非対称性を惹起、助長するような姿勢で過ごす機会が多ければ、理学療法の時間だけでは改善が難しいかも知れませんから、それ以外の時間を考える必要があるということです。

テレビの位置を逆にする方法もありますが、CMの間など反対を向くとか、臥位のままであろうと時々体操するとか、そういう提案もあると思います。

例えば右を向いた側臥位と左を向いた側臥位の時間を1対1にする必要はないと思いますし、テレビを観る以外の時間の過ごし方など、トータルで考える必要があると思います。

他職種との連携

私は理学療法士なので、理学療法士と表現していますが、例えば作業療法士や言語聴覚士といった他職種との連携は不可欠だと思います。病棟だと看護師や介護士といった専門職との連携が重要になると思います。

リハビリで考えると、理学療法士と作業療法士と言語聴覚士が、それぞれベースのレベルにおいて一貫性のないことをしていれば、ある効果が打ち消しあったり、患者さんが混乱したりと、適切な学習が図れないかも知れません。

また、担当の理学療法士の提案を患者さんが受け入れなくても、作業療法士や言語聴覚士が同じ提案をすると取り組まれることもあると思います。

しんどいのは当たり前だという思考

例えば、過負荷の原則などトレーニングの原則を考えると、「しんどいから効果があるのだ」といった解釈はあるでしょうし、確かに楽なトレーニングが最大筋力を向上させるかと言えば、難しいと思います。

しかし、しんどいことを自ら進んで行うというのは、それだけのモチベーションが必要になると思います。それを自主トレとして行うことが不可欠なのであれば、そのモチベーションと安全の確保を考える必要があります。

結局のところ、「やれば良くなるはず」と理学療法士が思っていても、実際に患者さんが取り組まないことには、自主トレの提案も意味をなさないわけです。

普段のリハビリで、それを行う意味の理解と納得とともに、「これなら1人でも出来る」と、患者さんも理学療法士も判断したものを提案するのであれば、自主トレとして取り組む可能性も高いかも知れません。

例えば退院後の自主トレが、普段のリハビリで行ってなかったものであれば、適切に行うことは難しいでしょうし、そもそも今までやってなかったことを提案するということを考えると、自主トレとして適切なのかというと疑問です。

まとめ

自主トレと言っても、捉え方は様々だと思います。そもそも本当に必要なケースなのかという視点もありますし、必要だとしても患者さんが実際に取り組まなければ意味がないわけですから、「これは効果があるからやりなさい」という態度では、難しいかも知れません。

患者さんの「やる気」の問題にする前に、セラピスト側の問題を考えることで、工夫が生まれるかも知れません。「患者さんがやる気にならないのはセラピストの問題」と考える方が、進歩があるように思いますし、実際にそういうこともあると思います。

時々、「患者さんを依存させない為に自主性を〜」というセリフを見聞きしますが、何らかのサポートを必要とする状態や状況だから、専門職としての仕事があるわけで、セラピスト側がやるべきことをやらずに、患者さん側の問題とするのは、おかしな話だと思います。

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