(リ)コンディショニングメモ

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診断学の本を参考に理学療法を考えてみる

2018/08/21

リンゴも身体も色々な要素がある

よくある例え話ですが、「リンゴ」の話をする時に、「形」「色」「大きさ」「味」「匂い」…というように、同じリンゴであっても、そのリンゴに関する様々な要素があります。「皮」「実」「芯」「種」といったように部位に分けることも出来ます。

人間の身体も同じように、様々な要素に分けることが出来ます。学問でもそうですが、「解剖学」「運動学」「生理学」「神経科学」…といった様々な学問がありますが、いずれも「人間の身体」に関するものです。

「解剖学だけで人間の身体の全てを語ることは出来ない」というのは、もちろんその通りですが、「解剖学」の知識を得ることで、ぼんやり全体を眺めたり、とりあえずある部分を見てみるよりも、解剖学の視点で具体的なものに迫ることで観えることもありますし、そのことによって具体的な介入が出来ることもあります。

しかし、「解剖学だけ」しか知らず、「解剖学が全て」と思っていると、その視点以外のものは見えない、存在しないものとして認識するかも知れません。

理学療法士の仕事として考えると、十分ではないにしろ学生時代に、「解剖学」「運動学」「生理学」「神経科学」といった学問を学びますから、「解剖学が全て」と考える人は居ないでしょうし、これらの学問で人間の身体の全てを語ることが出来ると考える人も殆ど居ないと思います。

そして、これらの学問を十分に理解している、十分に臨床で活かしている、そのように自負している人もいるかも知れませんが、これもそう多くはないと思います。そもそも、それぞれの学問自体が完成することはまずないと言えます。

診断学を参考にする

医療における「診断」は、日本では医師が行うものです。医師が行う医学的診断ではなく、運動機能障害を同定し、関連因子や理学療法の適用を判断する行為を理学療法診断と定義し、理学療法診断学を構築していくという提案もありますが(玉利, 2013)、ここでは医師向けの診断学の本を参考に話をしていきたいと思います。

「無心に」患者さんの情報を聞いているだけではだめで、患者さんの話している言葉がどのような医学的な意味をもっているのかを解釈し、またその話を聞きながら考えられる疾患名を想起する(頭に浮かべる)必要があり、そのためにはそれぞれの疾患に関する医学知識も蓄えていなければならないからである。

野口善令, 福原俊一:誰も教えてくれなかった診断学―患者の言葉から診断仮説をどう作るか, 3. 医学書院. 2008.

この本は医師向けの本ですが、わかりやすく書かれていて個人的には参考になります。患者さんと話をする時に、どういった情報が必要なのか、どういった情報を知りたいのかということは、何かしら自身の中にいくつかの仮説があるからであって、その仮説を立てるには知識が必要になります。

医師のように病気を診断することはありませんが、「歩く時に腰が痛い」と訴える患者さんがいるとすれば、その原因を考える必要があります。もちろん、既に診察や検査をしていること、必要に応じて医師に報告するということは必要です。

「歩く時に腰が痛い」という訴えを聞いて、「痛みがあるのはメカニカルストレスが原因」と信じていれば、姿勢や歩容を確認することで原因がわかると考えると思います。

また特定の手段ありきという思考であれば、例えば、腰の痛みは徒手療法や足底板で解決するものと信じていれば、それらありきの臨床になると思います。そしてそれで上手くいかなければ、技術の問題だと考えるかも知れません。

そうすると、どのような痛みが、いつから、楽になることはあるのか、楽になるとすればどんな時か、思い当たるきっかけはあるか、歩く以外はどうか、その痛みをどのように捉えているのか…そういった情報を聞き出す必要性も感じなければ、思いつかないかも知れません。「そもそも痛みとは何か?」を調べること、考えることもないかも知れません。

藪医者ならぬ藪PT?

ここでの「藪医者」は、①放っておくと致命的なアウトカムになる疾患を患者が持っているかどうかを評価できない、②緊急に処置しないといけない疾患を見落とす、③患者のclinical problemの訴えに応じたアプローチができず画一的に的外れな検査を行う、④鑑別診断に際して可能性の高い疾患と可能性の低い疾患を同じウエイトで検査してしまう、⑤疾患を確定、除外するのに不適切な検査を施行する、などの診療行為を常習的に行う医師と定義する。

野口善令, 福原俊一:誰も教えてくれなかった診断学―患者の言葉から診断仮説をどう作るか, 111. 医学書院. 2008.

これを読むと医師の責任というのは大きいと感じます。理学療法士は診断はしませんし出来ませんが、「これは医師に報告すべきことだ」という判断をするのも知識が必要になります。もちろん些細なことだと思っても適宜報告することが必要と言えるかも知れません。

前半の例で挙げた、「歩くと腰が痛い」と訴える患者さんを当てはめると、①と②は医師に報告すべきかどうかの判断が出来ない、③は痛みの訴えがあると姿勢や歩容のみを確認する、④は痛みの原因はメカニカルストレスと信じているので、姿勢や歩容の確認しか行わない、⑤はその前の④と同じ、こういった具合になると思います。

最後に

知識が少ないということは視点が少ないということであり、その自覚なく妄信を根拠に臨床をすることは避けたいところです。しかしながら、程度に差はあれど十分な知識を備えているということは殆どないでしょうから、言うは易く行うは難しですが、知識を得ること、色々な考えに触れること、常に最適解を導き出そうとする作業が大事だと思います。

実際は因果関係を明確にすることは難しいと感じますし、どんな職業もそうですが理学療法は難しいですが、少しずつでも今後に役立つものを蓄積していくという作業は必要なことだろうと考えています。

【参考文献】

・玉利光太郎:理学療法診断学構築の意義. 吉備国際大学研究紀要(医療・自然科学系)第23号, 7-17, 2013.

・野口善令, 福原俊一:誰も教えてくれなかった診断学―患者の言葉から診断仮説をどう作るか. 医学書院. 2008.

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