(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

指導関連 考え方

#107 「理学療法士はマッサージ屋さんじゃない」

2018/01/08

マッサージを希望する対象者と断る理学療法士

対象者がマッサージを求める、マッサージだけで良いと希望する、そういったケースがあるようです。それに対して応じる理学療法士もいれば、断る理学療法士もいるようです。確かにそれほど多くはないにしても、マッサージを希望される人はいます。

「マッサージに終始すること」について批判的な意見としては、慰安目的であって本来の専門性ではないだとか、それなら保険で行うことではないだとか、対象者が求めることをそのまま行うのは専門職としてどうなのかといったものがあるようです。

「私はマッサージ屋さんではありません」と言うかどうかは別として、マッサージをすること自体を拒否する理学療法士も中にはいるようです。医師から理学療法のオーダーが出たのであれば、マッサージ自体が目的ではないはずですから、マッサージに終始することは確かにおかしいかも知れません。

理学療法士及び作業療法士法とマッサージ

理学療法士及び作業療法士法

この法律で「理学療法」とは、身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マツサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう。

理学療法士及び作業療法士法(昭和四十年六月二十九日法律第百三十七号)第一章 総則 第二条より引用

この法律は古く現状にそぐわないという話もありますし、個人的にもそう思いますが、ここでは「マツサージ」の文言が入っているということと、それは手段に過ぎないと解釈出来るという意味で引用しています。

現状にそぐわないというのは、例えば厚生労働省からの通知からも解釈出来なくもないですが、慎重な表現なのでこの通知を根拠にはならないとも言えます。

【参考記事】

(リ)コンディショニングメモ

#88 もし新卒理学療法士がフィットネスクラブで働いたら

何故マッサージを希望されるのか?

リハビリ=マッサージ?

何故マッサージを希望されるのか、それは色々な要因が考えられます。例えば、対象者本人が(いわゆる)リハビリの必要性を感じていないだとか、理学療法士って何する人なのかわからない、リハビリってマッサージのことじゃないの?といったこともあると思います。

対象者の意欲

変形性膝関節症や変形性股関節症の患者さんで、「痛みを取って活動的な生活を送りたい」と人工関節置換術を受けるといったケースであれば、いつまでもマッサージしていても仕方ないのは理解しやすいと思いますし、自らの意思でオペを選択した場合は(いわゆる)リハビリに対する意欲があることも多いと思います。

また、重症度や障害受容(あまり適切な言葉ではないですが)といったことはあるにしろ、受傷や発症によって何らかの身体の問題を生じたとしても、目標を待って積極的に取り組まれる患者さんも多くいます。そのような患者さんもマッサージに終始することは求めないと思います。

「マッサージだけでいい」

一方で、なかなかそうはいかない患者さんもいますし、例えば高齢者の廃用症候群に対する介入といったケースだと、「しんどいのに何故動かないとダメなんだ」「ゆっくりさせてくれ」「マッサージだけでいい」という患者さんもいると思います。これは見方によっては当然かも知れません。

しんどくても動くことでどんなメリットがあるのか、しんどくて動かないことでどんなデメリットがあるのか、そういったことを理解する必要があると思います。

活動性の低下からくる問題には、活動性を上げていくことが必要になりますが、仮にそれを理解していても、しんどくて構って欲しくない、動きたくないということもあると思います。

もしかしたら、「マッサージだけでいい」というのは、「構って欲しくないけど、あなたも仕事だろうから…」という配慮といったこともあるかも知れません。

無理矢理説得しても仕方ない?

エビデンスは関係ない?

マッサージ以外の必要性を、エビデンスを交えてわかりやすく説明したとしても、最初からすんなりと受け入れられるとは限らないと思います。

例えばの話ですが、「理学療法士の〇〇です。安静にしていると身体が硬くなり、体力もどんどん低下しますから、しっかり動きましょう」という導入に対して、「はい、頑張ります!」と即答する患者さんは、まあまあ元気、もしくは最初から意欲が高いと言えます。

心の準備もあるでしょうし、物事には順序があると思います。それは決まったルーチンが存在するわけではないと思いますし、理学療法士の人柄や対象者によって、よりベターな介入はそれぞれあると思います。

対象者の不安や不満

多くの場合は、自ら望んで入院しているわけじゃないでしょうし、自分の身体のこと、家族のこと、友人のこと、将来のこと、お金のこと、仕事のこと、家事のこと、学校のこと…色々な心配事があって然りだと思います。

入院中だと、周りの音が気になって寝られない、職員の対応が不満…そういった心配事や不満を抱えた状態で、「理学療法士の〇〇です。安静にしていると身体が硬くなり、体力もどんどん低下しますから、しっかり動きましょう」と言われても、すんなり入りにくいかも知れません。

理学療法士にとっては、よくある症例のように感じても、患者さんにとっては大変なことです。例えば、「手術したところが痛いんです」という訴えに対して、「みんな最初はそうですよ」という回答だと、質問や相談をしたいとは思わないかも知れませんし、そうだとすればそんな理学療法士が言うことを聞き入れる気にならないかも知れません。

自分のことを少しでも理解しようとしているのか、そうでなければ無茶をされるのではないか、しんどい想いをするだけで何かメリットがあるのか…そういった不安が生まれてもおかしくないと思います。

それが理由でマッサージを希望されるケースや、辛さをわかってもらいたいという気持ちで、マッサージを希望されるケースもあるかも知れません。また、実際に身体のだるさや凝りといった感覚があって何とかして欲しいということもあると思います。

マッサージをしない理学療法士

しないのか出来ないのか

最初にも書きましたが、マッサージをすること自体を拒否する理学療法士もいるようです。「マッサージは依存を生む」といった意見も時折見聞きしますが、個人的には極端だと思います。マッサージも目的に合っていれば、やってもよいと思います。

ただひとつ変なことがあって、養成校でマッサージをまともに学ぶ機会がそれほど多くないということがあります。ですから、マッサージを否定する人もそうでない人も、そもそもマッサージに関する知識や技術がどの程度なのか、かなり差があるはずです。

触察も全く出来ずに、子供が親にするようなマッサージをイメージして、「マッサージなんてしない」「モミモミしても仕方ない」というのは、少し違和感があります。もちろん、適応ではない、優先順位として低いという判断は出来ると思いますから、文脈によりけりではありますが。

何故マッサージを求めるかを確認する

例えば、患者さんがマッサージを求める理由が、「こってるねん」という理由だとすればメカニズムの話は置いといて、不快感や動かし辛さといった主観を何とかして欲しいということだと思います。

そうすると、マッサージではない方法でも改善出来る可能性がありますし、そもそもマッサージが適応ではないかも知れません。患者さんの「マッサージをして欲しい」という言葉をそのまま捉えるのではなく、何故そのように訴えられるのかを考える必要があります。

「はいはい、慰安目的のマッサージはしませんよ」と考える前に、そのような思考は必要だと思います。「理学療法士はマッサージ屋さんじゃない」と日頃から不満を持っている人ほど、丁寧に確認するという作業を放棄しているかも知れません。

例えば可動性の改善

仮にマッサージをすること自体は問題ないとすれば、関節の動きや軟部組織の状態を確認するように触れてみる、実際にマッサージをした際の患者さんの主観的変化、理学療法士が感じる変化を照らし合わせるという作業を行うのひとつだと思います。

徒手療法にも様々な学派があり、マッサージと言っても、機能的マッサージや横断的マッサージといった関節運動を伴うものもあります。マッサージに限らずですが、患者さんの心理、自律神経系など、様々な影響はあるかも知れませんが、話をシンプルにするためにここでは可動性の改善を目的とします。

可動性が低下している要因は色々考えられると思います。極端に言えば、マッサージで可動性が改善すれば良いわけですが、実際にはそうもいかないことも多くあります。運動機能が残存しているのであれば、随意的な運動が必要になりますから、受動的な徒手療法だけでは不十分です。

徒手療法で関節や軟部組織にアプローチせずとも運動で改善することもあるでしょうし、その逆のケースや組み合わせる方法もあります。結局のところ、何をするかではなくて、そもそもの目的は何かを考える必要があります。

この人なら良くなりそう

受け入れられているか?

最初はマッサージを求めていたとしても、それが少しずつ変わっていくことはあるはずです。最初から理学療法士の話を理解して、積極的に取り組む患者さんばかりではないですから、「私はマッサージなんてしません」と拒否して説得するよりも、「この人の話は聞いてみたい」「この人なら良くなりそう」と思ってもらえることが出来ればお互いに良いと思います。

マッサージに工夫を加える

仮にマッサージをしたとしても、「めちゃ上手いな」と思われたら、「この人ちょっと出来る人なのでは?」と思われるかも知れませんし、マッサージに加えて随意的な運動を組み合わせることで、関節可動域なり変化が見られたら、「この人ちょっと出来る人なのでは?」と思われるかも知れません。

随意的な運動を組み合わせるわけですから、常に受け身のマッサージではなくなるわけですし、楽になった、動かしやすくなったといった感覚があれば、「もっと動いても良いかな」と思うかも知れません。もちろん、文章で書くよりも実際は複雑で時間がかかることもあります。

慰安以外の変化を出す

適当に子供が親にするようなマッサージをするから、患者さんも慰安的なマッサージという枠から抜け出せないわけで、マッサージ(徒手療法)によって想定外の変化が起こればそこに注意が向きやすくなると思います。

そのように考えると、マッサージを掴みに使えるくらいの力量はあっても良いのではと思います。子供が親にするようなマッサージ程度なら、「マッサージなんてしません」ではなくて、「マッサージは出来ません」の方が適切ですし、その方が案外上手くいくかも知れません。

まとめ

マッサージをするかしないかという話ではなく、患者さんの訴えに耳を傾ける、焦らず丁寧にすることが大事だと思います。患者さんが依存的だからとか、マッサージは依存を生むといった言葉に捕らわれずに、目の前の患者さんを相手にすることが基本だと思います。

もちろんケースバイケースですが、自主的に取り組めるようになれば、マッサージの代替案を伝えれば良いですし、「もっと動きたい」「出来るようになりたい」と思ってもらえるようになれば、マッサージをしようがしまいが大した問題ではないと考えています。

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