(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が管理しています。

考え方

プロは謙虚であるべき?~自信と謙虚と傲慢について~

2018/11/21

自信とは何か?

自信の意味にはいくつかありますが、「自分の能力を信じること」、「自分を信頼すること」といった意味があります。「あの人は自信家だ」という言い回しは、時に自身を過信している、傲慢だといったネガティブな文脈で用いられることがあります。

確かに、実際の能力よりも高いと過信している場合は、ネガティブな面も多いかも知れません。実際は出来ないのに出来ると思い込んでいると、大きな失敗に繋がり、周りに迷惑をかけてしまうかも知れません。

謙虚とは何か?

謙虚の意味も同様に、いくつかありますが、「控え目でつつましいさま」「おごることなく素直であるさま」といった意味があります。

「あの人は謙虚だ」というのは、もちろん文脈にもよりますが、「控えめ」「おごらない」「素直」といった、どちらかと言えばポジティブな意味で使われることが多いように思います。

「いつまでもおごることなく謙虚な姿勢で」と言えば、その通りだなと感じる人も少なくないかも知れません。

自信と謙虚さは相反するものか?

自信と過信

自信と過信は別のものだと言えます。「これは出来る」「ここまでなら結果を出せる」というのは、自信があるという表現もあるでしょうし、過信でなければ、自身の能力を適切に認識している、言い方を変えれば、「身の丈を知っている」と言えると思います。

自信と謙虚さは相反するものではない

かなり単純な例えですが、150km/hを超えるボールを投げられるプロ野球のピッチャーが、「150km/hを投げられますか?」と質問されたら、「投げられます」と答えるのは何らおかしくありません(コンディションの問題は別として)。

「いえいえ、僕なんかまだまだ…」なんていう回答は、意味不明です。「凄いですね!」と言われた時に、「いえいえ、僕なんかまだまだ…もっと速い方はたくさんいますし、球速は僕より遅くてもバンバン空振りを獲れる方もいますし。」という回答だと、一般的に謙虚と言われるかも知れません。

「150km/hのボールを投げられる自信がある」ことと、「150km/hのボールを投げられるから凄い」という自己評価は、必ずしも同居するわけではないはずです。そして、「150km/hのボールが投げられる自信がある」ことと、謙虚さは相反するわけではないはずです。

身の丈を知ること

謙虚か傲慢か

「身の丈を知っている」という表現だと、ネガティブな印象はそれほどないように思えます。個人的には、プロ(専門職)はこの「身の丈を知っている」というのが大事だと考えています。

「いえいえ、私なんかまだまだ全然ダメです…」と言いながら、全く自己研鑚を行っていない専門職は謙虚なのかと言えば、むしろ傲慢、言動が一致していない、そういう観方もあると思います。

少なくともここまでは出来る

仕事を続けていれば、少しずつでも、「この件に関しては、少なくともここまではいける(いけるは比喩)」といったイメージと言いますか、感覚は専門職であればあるのではと思います。もちろん、進めていく上でイレギュラーが起こるのが実際ですけど。

そのイレギュラーにもある程度対応出来るというのが理想ですし、大なり小なりそういった対応能力を含めて、身の丈を知っているということかも知れません。

「まだまだ…」という気持ちになるのは、何か改善すべき要素がボンヤリでも見えている、○○さんなら出来るであろうというイメージ、根拠はないけどもっといける感覚がある…色々あるにせよ、「この私がダメなら世の中のみんなダメだろう」という思考でないのであれば、謙虚な姿勢でいられる気もします。

あの人に比べて

「少なくともここまでは出来る」というのは、誰か他の人よりも出来るというように、他人を引き合いに出す必要もないと思います。もちろんケースバイケースと言えばそれまでですが。

最後に

「150km/hのボールを投げられる」というように、臨床(だけではない)能力をわかりやすく示すことは難しいので、自己研鑚に励み続けている人が、「150km/hのボールを投げられる」と言うと、「そんなボール投げられるはずがない」「もっと謙虚になれ」という人がいるように思います。

世の中には本当に凄い人がたくさんいることを知っていると、その可能性を想像出来るかも知れません。才能ある人が努力を続けているとどうなるかという話ですが、「もっと謙虚になれ」という人がその人より努力していないのであれば、変な感じがします。

個人的には、自信、謙虚といった言葉自体に捕らわれる必要はないと考えていますが、プロ(専門職)である以上は、「少なくともここまでは出来る」と自身の能力を適切に認識する、つまり身の丈を知ること、そしてもっとよりベターを模索する姿勢が大事だと考えています。

-考え方