(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が管理しています。

考え方

アスリートに貢献するのか、アスリートを踏み台にするのか。

はじめに

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの選手村にて、ボランティア活動する理学療法士スタッフの募集に関して話題になりました。内容は割愛しますが、無償であることについての意見が多くありました。

アスリートをサポートしたい

何故アスリートなのか

個人的な話をすると、もともとはプロ野球のトレーナーになりたいと考えていました。野球が好きなのと、何か格好良いやんくらいの大した動機ではなかったと思います。当時はちょうど立花龍司氏が日本のプロ野球チームで活動されていた時期であり、その影響は大きかったと思います。

ご縁があってスポーツに関わる経験もありましたが、今となっては、職場での理学療法士の仕事以外においては、スポーツは観るorやるくらいでちょうど良いというスタンスです。基本的にはですが。

スポーツが好き、格好良いといった動機は、否定されるものではないと思いますが、本当に貢献出来るのか、仕事として成り立つのか、将来を考えるとどうなのかといった、色々なことを考えると、別の選択肢もあるなと考えるようになりました。

そこには諦めもあるでしょうし、別のことに対する興味が大きくなった、別でやりがいや面白さを感じる対象が見つかったということもあります。

動機は人それぞれ

理学療法の学生と話をしていると、将来はスポーツに関わりたいというケースも少なくありません。そう感じたきっかけとしては、自分自身の怪我の経験というものもあります。

「この怪我がなければ」というケースはあります。突出した結果が残せるかどうかに関わらず、プロアマ問わず、怪我によってスポーツを諦めないといけなくなるというのは、辛いことだと思います。そういった人達を少なくしたいという動機は、よくわかる気がします。

ただ自分自身の成し遂げられなかったことを、アスリートに託すことが場合によっては想いの押し付けになることもあるので、注意が必要だと思います。

一方で、自分の名を上げたいという人もいるように感じます。それも否定されるものではないと思いますが、アスリートの才能や努力によるパフォーマンス、華やかさ、知名度に乗っかって自分の名を上げようとするのは、振る舞いが違ってくるように感じます。

というのは、アスリートに貢献したいという気持ちでサポートするのと、貢献しているかどうかよりも自分の名が上がるかどうかを基準に行動するのでは、違いがあるのではということです。

そうすると、有名アスリート、既に実績のあるアスリートにつきたいと考えるかも知れません。そういう選手はこれからも活躍する可能性が高いわけですから、その選手をサポートしているとアピールすることで、その恩恵を得ようとするわけです。

そのようなアスリートをみている専門職に対する話ではありません。念のため。

アスリートに関わっている方が上ということはない

アスリートに関わることと、一般の高齢者に関わることに、上下も優劣もありません。アスリートに関わっていることがブランディングになるという発想は、ビジネスとしてはそういう観点もあるでしょうけど、個人的には違和感があります。

有償か無償か

無償であることが問題?

今回の東京オリンピック・パラリンピックの選手村での活動は、報酬はなく全ての経費は自己負担という条件でした。ちなみに各競技団体のスタッフとして帯同する場合は、条件は別だと思います。

「無償でプロを招集しようとするなんて」という意見も多くみられましたが、ボランティアなので行ける人で行きたい人が行けばよいという話とも言えます。

多くの理学療法士がオリンピック・パラリンピックに関わったという実績は、今後の活動においても重要な位置づけになるかも知れません。

日本では理学療法士の認知度は低い

こんなこと書くのもなんですが、日本においては「スポーツの領域で理学療法士に何が出来るの?」って言われていることがあります。一方で、スポーツ理学療法士として認知度も実績もあるという国もあります。

「どれだけ時間とお金を投資してきたんだ!」という意見はわかる気もしますが、それは普段の臨床で活かしているであろうし、「タダで来なさい」と依頼しているわけじゃないですし、世界的なイベントにおいて貢献出来るチャンスを作りましたよっていう話だと思います。

そもそも理学療法士の認知度が低いという問題がありますから、いくら自分に能力があると主張したところで、それを理解していない側からは依頼はないですし、そもそも本当に貢献出来るのかということでもあります。

それを協会の働きかけによって、チャンスを得たわけですから、どちらかと言えばポジティブな話だと考えています。

ボランティア問題?

以前から、スポーツ現場において、トレーナー(様々な職種を含む便宜的な表現)が無償で活動してきたことを問題だとする意見がありました。

確かに、専門職の仕事として「お金を払う価値がない」「無償でやって当然だ」という認識が浸透するのであれば、それは問題だと言えると思います。

ただ、そのお金はどこから来るのかということがあります。自分達に価値があろうとも、それに対する対価を支払う能力がなければ、仕事としては成立しません。それでも力になりたいという気持ちでサポートしてきた方もたくさんいます。その形が理想であるという話ではありませんが。

スポーツはお金になるのか

アスリートの収入

アスリートがスポーツだけで生活出来るケースはごく一部です。また年齢や怪我の影響も含め、長く活躍出来るアスリートとなると、さらにごく一部となります。

会社などの組織に所属しているアスリートであれば、会社などの組織から給料が支払われるため、それだけで十分ではないにしろ安定した収入を得ることが出来ます。

競技団体など寄付によって賄えるケースもありますし、様々なケースがあるにしろ、その中でトレーナーに支払う余裕があるというケースは多くないかも知れません。

スポーツはお金がかかる

もちろん競技によりますが、スポーツをする際に必要なウェアや道具にはお金がかかります。そして買ってしまえばおしまいではなく、手入れしたり買い替える必要があります。

ランニングブームにあやかったビジネスチャンスという話題も一部でありましたが、ウェアやシューズなどにお金がかかりますから、例えばパーソナルトレーナーにお金を払う余裕がある人は多くないと思います。

いくらランニングフォームについて適切な指導が出来ようとも、いくらランニングのための身体づくりについて適切に指導が出来ようとも、それに対する対価を支払う余裕がなければ仕事としては成り立たないわけです。

専門職の能力の安売り?

前に、『専門職の仕事として「お金を払う価値がない」「無償でやって当然だ」という認識が浸透するのであれば、それは問題だと言える』と書きました。しかし繰り返しますが、価値を感じてもらえるとしても、そのお金がなければ仕事としては成立しません。

そもそもの話ですが、「スポーツに関わる仕事がしたい」と考える時に、その仕事は本当に仕事として成立するのかを調べたり考える必要があると思います。

いくら情熱を持って、真摯に能力を磨き続けるとしても、仕事として成立することが難しければ、「プロだから無償ではしません」というスタンスを貫き通したとしても、その能力を発揮する機会すらないままです。

何故スポーツなのか?

スポーツに対する思い入れやこだわりは、人によって違うと思います。もちろんそれは他人が否定するようなものではないと思います。

しかし、スポーツに限らずですが、他人に対して仕事として何か貢献したいと考えるのであれば、対象となる人達に求められること、お金を頂ける状況なのかということは考える必要があります。

アスリートが稼げていないのに、その周囲を取り巻く人達が稼げるという発想は変ですし、もしそうであれば健全ではないように思います。悪徳芸能事務所みたいです。

スポーツの魅力というのは、個人的にはよくわかるわけですが、仕事としてそこに関わるのであれば、日本の現状として考えるとトレーナーという立場では門戸がかなり狭いと思います。

現状を変えようと行動されている方々もいる

スポーツはお金にならないからダメだという話ではなく、そういった現状を変えていきたいとして、精力的に活動を続けられている方々もたくさんおられます。

専門職が自身の専門性を磨いたり、専門性をアピールするだけではどうにもならないこともありますから、スポーツを取り巻く現状と課題について知っておくことは、スポーツに関わりたいのであれば必要だと思います。

最後に

スポーツの華々しさというのは一部であって、ビジネスとして成功しているケースは多いとは言えません。そういった現状を知った上で、自身の専門性のアピールにとどまらず、何が出来るかということを専門性の枠から外れて考えることは、スポーツの発展には必要なことだと思います。

※この記事では、便宜的にトレーナーと書いていますが、アスレティックトレーナーやストレングスコーチ、各種メディカルスタッフなどを含めています。

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