(リ)コンディショニングメモ

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運動学習 指導関連 考え方

審判のような指導は指導になるのか?

2018/08/24

野球の審判は指導者ではない

判定すること、指導すること

基本動作、スポーツ動作、フィジカルトレーニングなどの身体運動の指導者は、野球の審判のように、「ストライク!」「ボール!」と判定するだけでは指導しているとは言えません。

野球の審判は、ストライクかボールか、アウトかセーフか、フェアかファールかなどの判定する役割を担っています。なかなかストライクが入らないピッチャーに対して、アドバイスをする役割はありません。

「コントロール良く投げろ」は指導になる?

一方で例えばピッチングコーチであれば、ストライクかボールかを判定するだけではコーチの役割を果たしているとは言えません。「コントロール良く投げろ!」というのもそうだと思います。

「コントロール良く投げろ!」「切れのあるボールを投げろ!」という声かけで、それが出来れば苦労しないですね。「出来るように手助けをする」のが指導者の役割のひとつだと思います。

現状と目標との誤差を認識する

目標がわからない練習

「そう、それや!」「それは違う!」という声かけも、外在的フィードバックに含まれますが、「そう、それや!」と「それは違う!」の差異を対象者がいつまでも認識出来なければ、学習には繋がらない可能性が高いと思います。

何度も繰り返すことで、対象者が差異を認識したり、適切な運動がわかっていくこともあるでしょうけど、目指す運動の手がかりが掴めないままいくら繰り返しても、時間が勿体ないですし、意欲の低下を招きかねません。

審判の判定のような外的フィードバックを基準に、ある運動を練習するとすれば、少なくともその判定基準が明確であり、その判定が望ましい運動を基準になされているかということが、重要な前提であると思います。

「導く」ということ

審判のような指導が、必ずしも望ましい運動に導けないというわけではありませんが、指導者自身が望ましい運動(目標とする運動)と、実際の運動の誤差を認識し、その誤差を減らすための戦術を審判のような判定以外にも、持っておく必要があると思います。

誤差を認識してはいるが、対象者に合わせて、具体的にどうすることが効率的・効果的かがわからないから、判定に終始しているのであれば、やはり指導者ではなく審判ということになります。

審判のような指導で対象者のスキルが上達することもあると思いますが、それは対象者の習熟度や才能といった指導者の能力ではない部分に依存している可能性が高く、本来はもっと上達する可能性のある対象者を、引き上げることが出来ないといったことが起こり得ます。

「俺の言う通りにしろ」という指導

審判のように判定に終始したり、「コントロール良く投げろ!」「フォアボールを出すな!」とテレビの前のおっちゃんのように振る舞っているのであれば、それは指導者とは程遠い存在です。

言っている内容は間違っていなくても、その声かけで出来るようになれば苦労しないと言われても仕方ありません。それでいて、「ほら、俺の言う通りにしないからだ!」と怒るとすれば、上達の邪魔をしているだけにみえます。

上手くいかない原因は何かを考えていく必要がありますし、それが仮にわかったとしても、どのような言葉を選択すれば良いかといった、具体的な方法を選択する必要があります。例え原因が同じであっても、対象者が異なれば、具体的な方法は変わるかも知れません。

対象者がどのように感じているのか、どういったイメージを持っているのか、どのような動作を目指しているのか、そういったことを確認する必要があることも多いと思います。

最後に

伝えた言葉通りに動けるのであれば簡単ですが、指導者の役割のひとつは「どうすれば動けるか」「どうすれば出来るようになるか」を考えて、導くことだと思います。

ですから、「上手く動けない」「出来るようにならない」のであれば、「上手く動けない指導」「出来るようにならない指導」になっていないかを省みることで、可能性を見出すことが出来ることもあると考えています。

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