(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

トレーニング 指導関連 考え方

#47 みんなトレーニングをすべき?

2017/12/07

個人の経験を根拠に勧める

「私は◯◯をしたお陰で良くなりました」といった、個人の経験というのは、大なり小なり、多かれ少なかれあるかも知れません。それを以って、「◯◯の良さをみんなにも知ってもらいたい」と、その普及活動に励む人も中にはいるように思います。

「これ美味しいからどうぞ」というものもあれば、「ご利益があるので買いませんか?」といったケースもあるかも知れません。各種エクササイズ、各種健康法なども当てはめることも出来ます。

運動指導者や医療従事者で考えると、本来はそれぞれの対象者に合わせて、目的に合った方法を選択することが本来かと思います。しかし、「私は◯◯で健康になったので、あなたにもその良さを知ってもらいたい」「私は○○が好きで効果を実感しているので、あなたも是非取り組んで下さい」といったことになると、少し変な話になってきます。

レジスタンストレーニングを例に考えると、レジスタンストレーニングが好きで続けている、その延長で指導者になったといったケースがあるとすれば、同様のことが起こり得るかも知れません。

レジスタンストレーニングの様々な効果が、科学的にも明らかになってきていますから、それを行うことの普遍的で正当な理由があるように錯覚するかも知れません。

レジスタンストレーニングの肯定派・否定派といったナンセンスな対立構造の話ではありません。それぞれの対象者に合わせて、目的にあった方法を選択することに立ち返る必要があるという考えを述べています。

レジスタンストレーニングはあくまで例に過ぎませんが、真剣に実践と勉強を積み重ねていくことで、「○○はみんなが取り組むべき素晴らしいものだ」という想いが生まれることは、あるかも知れません。

しかし、その「○○」というものはいくらでもあるわけですから、それら全部を「みんなが取り組むべき」かと考えれば、当然そのようなことは不可能です。いくら質が良いものだとしても、それを使う適切なケースというものがあるはずです。

特定の徒手療法などにしても同じで、「これはどんなケースにも有効だ」というものはないですが(あればみんなやるという話)、妄信する人はいるように思います。

質の良い高級な塩を持っていても、どんな料理にも「使う」「多く入れる」ことが前提では、「美味しい料理を作る」という目的は達成出来ないかも知れません。どんな知識や技術も、適切な場面で適切に用いることが重要で、いくら時間やお金や労力を費やしたかどうかは、関係ない話だと思います。

こういったことは、ある方法だけでなく自らの専門性自体も同じことだと思います。「自らの専門性を活かして解決出来る」と考えることは可能性を広げることもあれば、実際は他に適切な方法や専門職が存在するにも関わらず、自身の専門性に拘ることで対象者、もしくは本来は対象ではない人が上手くいくことを妨げることもあると思います。

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