(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

指導関連 考え方

#48 ゴッドハンドについて

2017/09/17

「あの先生はゴッドハンドやで」。桁違いの能力を持った選ばれし者を指すがごとく、相当な実力者という意味合いで使われる比喩があります。

「そうです、私がゴッドハンドです。」と、変なおじさんのように、自分で言ってたら世話ないわけですが、世の中の人の役に立つ能力を持っているという意味においては、ポジティブなことと言えます。

自己研鑚を怠らず励んできた結果、他人から「ゴッドハンド」と呼ばれるような実力者となったことと、見せ方が上手いことによって「ゴッドハンド」と思わせること、それを見て妄信する同業者がいることは違うと思います。

個人的には、「ゴッドハンドて…」と思いますが、例えば、患者さんやそのご家族からすれば、心強く感じるかも知れませんし、それがプラセボ効果として作用することもあるでしょうし、結果的に良い方向へ向かうこともあると思います(そうでないことも当然あると思います)。

実力のある同業者のパフォーマンスを観て、「Oh…ゴッドハンドや…俺には無理や…」と思うか、「ポイントはどこだろう?」と思うかでは、その後の取り組みは違ってくると思います。

本物のゴッドハンドであれば他者による再現は不可能ですが、ほとんどの場合はタネも仕掛けもあると思います。当の本人は「そうです、私がゴッドハンドです。」とは思っていない(はず)わけですから、日々の積み重ねの賜物と言えます。日々怠らず励んでいたら、他人から「ゴッドハンド」と呼ばれるようになっていた、そういうものかも知れません。

専門職というのは、ある側面においては、他職種や一般の人では出来ないことが出来ると言えると思います。ですから、相当な専門能力がある人を「ゴッドハンド」と呼ぶことはどうかと個人的には思いますが、「ゴッドハンド」と呼ばれるような専門能力のある人を否定するのは違和感があります。

対象者からすれば出来る人に依頼したいと考えるのが自然なように思います。「いやそれよりも人間性だ」というのは、専門能力と人間性(とやら)が両立しないことを想定しているのか、「専門能力はそこそこで良い」と考える人が「人間性がある」ということなのでしょうか。

「ゴッドハンド」という言葉をもともと使わないので、何度も書いていたら酔ってきましたが、結果的に「ゴッドハンド」とか「魔法使い」と他人から言われるくらい、タネも仕掛けもある実力をつけていくこと自体は、対象者にとっても職能団体にとっても、悪いことではないように思います。

(※ここで使っている「ゴッドハンド」は徒手療法といった特定のアプローチを指しているわけではありません)

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