(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が管理しています。

考え方

「指導者は実践者であれ」を考えてみました。

2018/08/25

見本を見せる・見本を見る

見本を見せることの意味

例えば、トレーニング指導において、指導者がクライアントに適切な見本を見せることが出来れば、クライアントがそのトレーニングの良いイメージを持つこと、つまり適切な運動イメージを持つことの手助けになるかも知れません。

その見本を見るという運動観察もまた、クライアントが上手くトレーニングを行う手助けになるかも知れません。そのように考えると、指導者が適切な見本を見せることは重要なことと言えると思います。

「指導者は実践者であれ」というセリフを時折見聞きするのは、こういったケースを含んでいると思います。確かにトレーニングをしたことがない人が、トレーニングを指導することは違和感はあります。

出来ないことは教えられない?

筋力や筋量でクライアントを上回る

これに付随している場合もありますし、そうでない場合もありますが、「自分が出来ないことは他人には教えられない」というセリフも見聞きします。

では、例えば挙上重量で考えてみます。指導者よりも重い重量を挙上出来るクライアントには、筋力・パワー向上に対する指導は出来ないという考え方もあると思います。

次に筋量で考えてみます。指導者よりも筋量が多いクライアントには、筋量増加に対する指導は出来ないという考え方もあると思います。

両立はかなり難しい

しかしながら、ひとつの視点として、筋力・パワーの向上を追い求めるクライアント(選手)よりも筋力・パワーを発揮出来る、筋量を追い求めるクライアント(選手)よりも筋量が多い指導者になるには、よりレベルが高くなると相当です。

指導に関する知識や技術の相当な研鑚と、筋力やパワーの向上や筋肥大のための相当な研鑚、それらを両立するというのはクライアント(選手)以上に難しいですね。

ピッチングコーチがピッチャーよりも良いピッチングが出来る、そのように例えを変えてみます。もしそうなら選手になれば良いのではということも考えられますが、選手に合わせた適切なコーチングが出来ることと、選手よりも良いピッチングが出来ること、それらを両立するというのは大変なことです。

そのように考えると、大谷翔平選手のような「一流の世界」においても、突出した才能(もちろん努力があるのは当然として)がある人でなければ、超一流の二刀流になることはかなり難しいように思います。

指導者の役割

「200kgを挙上出来なければ、選手が200kgを挙上するように指導出来ない」かと言えば、そういうわけではありません。

もちろん、指導者が200kgを挙上出来ることは、選手にとってポジティブに働くことはあるはずなので、そういう能力のある指導者はそれが強みになると思いますから、当然それを否定する意味はありません。

私が理学療法士だからというわけではありませんが、極端なケースを考えると、トレーニングも歩くことも出来ない指導者が、車いすに座りながら、アドバイスを送ることによってクライアント(選手)に対して適切な指導が出来ることは十分にあり得ると考えています。

結局どういうことかというと、指導者は指導をするのであり、クライアント(選手)と同様の実践をすることが「必須ではない」ということです。もちろんケースバイケースであり程度によりけりということになります。

「自分が出来ることと、相手が出来るようになることは違う」わけですから、自分が出来るようになるプロセスが指導に活きることは当然あるとしても、指導者としては「相手が出来るようになる」ことが重要なわけです。

全員の患者さんと同じにはなれない

理学療法士の場合で考えると、例えばそれぞれの患者さんと同じ障害を持ち、それを克服してバリバリ動けていないと、理学療法は出来ないのかというと、そうではありませんし、そもそもそういったことは不可能です。

とは言え、理学療法士の立ち振る舞いは、ミラーニューロンを例に考えても、患者さんに影響を及ぼす可能性はあると考えられますから、理学療法士自身の姿勢や動きも考える必要はあるかも知れません。

「説得力」は色々な要素から構成されて、指導者自身の(指導力ではない)パフォーマンスが高いことも一要素と言えますが、説得するよりも納得する結果を出すこと、それが指導者に求められることだと思います。

タイトルにある「指導者は実践者であれ」というセリフで言えば、「指導者の実践」は「指導そのもの」であるという観方も出来ます。審判のような指導ではない指導そのものを実践出来るように取り組む必要があると思います。

クライアントの動機づけだとか、色々なことは考えられますし、ひとつひとつの細かなケースにおいて言及することは出来ませんが、数あるひとつの個人的な視点として述べています。

最後に

様々な強みや特徴を持った指導者がいるという多様性はあって然りです。ただ指導者であれば指導の専門家であり、求められるのはクライアントのパフォーマンスに関することであり、指導者自身の(指導力でない)パフォーマンスは必須とは言えないと考えています。

※ここで指す指導者は理学療法士などのセラピストも含めています

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