(リ)コンディショニングメモ

主にトレーニング、理学療法、リハビリテーションに関することについて。理学療法士が書いています。

指導関連 考え方

#61 出来ない理由を対象者の責任にすれば思考は停止する

2017/10/22

「私の言う通りにすれば上手くいく」「私の言う通りにしないから上手くいかないんだ」といった、極端に傲慢な指導者は多くはないかも知れませんが、そういった思考に陥る可能性は誰しもあるようにも思います。

野球に例えるのはおじさんだという話を聞きましたが、気にせず例えると、四球が失点に繋がるケースが多いピッチャーに対して、「無駄な四球を与えるな」というのは、指導でもアドバイスでもありません。

「わかっているけど、どうすれば解決するのかがわからない」ということに対して、目指すパフォーマンスの結果だけを示したところで、解決することは少ないでしょう。

転倒を繰り返す患者さんに対して、「転倒するな」というセラピストは流石にいないかも知れませんが、ピッチャーが四球を与えようとして与えているのではないと同様に、患者さんは転倒したくて転倒しているわけではありません。

立位で後方へ倒れていく患者さんに対して、「真っ直ぐに立って下さい!」と言って出来れば良いですが、そうなる原因があるわけです。

「具体的にどうすれば良いのか?」ということが問われるので、目指すパフォーマンスの結果だけを示しているだけなのに、「何故言う通りに出来ないんだ!」と怒るのは責任転嫁であり仕事の放棄だと思います。

姿勢や歩容、エクササイズのフォーム、それを部分的であれ全体的であれ、目指すパフォーマンスを示しただけなのに、指導しているつもりになって、上手く出来なければ対象者の責任にするのであれば、対象者も指導者もどちらも上達しないということになるかも知れません。

「それが出来れば苦労しない」「それが出来ないから困っているんだ」という声を想像すれば、何らかの解決策を模索することに繋がるかも知れませんが、「私の出来ることはした」と、後は対象者の問題と投げてしまえば、発展がないですね。

対象者の意欲とか自主性という言葉で片づけるのも同じで、意欲や自主性が芽生えないのは指導者の問題である可能性もあるという視点は、常に持っておく方が良いと個人的には考えています。

そもそも、最初からやる気に満ちあふれていて、自身で試行錯誤しながら創意工夫が出来る人はわずかでしょうし、ましてや発症や受傷を望んだ患者さんは殆どいないわけです。

対象者が上手く出来ない理由を全て、「私の言う通りにしないから」「やる気がないから」としてしまえば、そもそもそれほどサポートを必要としない対象者だけが残ることになります。そういう人達を対象にして専門家を名乗るのは、やりやすいケースだけ対象にする専門家ということになります。

例えば病院で勤務しているセラピストだと、本当に様々な患者さんを担当することになるので、頭をフル回転しても全然足りないといったことも、個人的には少なくありません。

そのような環境はセラピスト側から言えば、経験値を積む機会に恵まれていると言えます。患者さんからすれば、より良いセラピストに担当してもらいたいということにもなるわけですが。

実際は、「何でも出来る」というわけではありませんが、専門性に拘らずとも「何か解決策はないか?」という視点は、必要だと思います。

今回このような話題を取り上げたのは、自分自身が臨床で少し苛立つ気持ちになったことがあったので、省みる意味でもあります。実際には自分自身の不甲斐なさに起因することです。精進します。

-指導関連, 考え方